最後の速報です。

サブ3.5は無理だったけど、PBで有終の美を飾ったぜ!

 
 
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俺は前日に速報記事の下書きをします。

かすみがうらマラソンの前日に書いたのが、冒頭の文です。

まあ、下書き通りにいったためしはありません。

いつも走った後に、書き直すはめになります。

でも昨日は、まじでPB狙ってたんですよねぇ。

サブ3.5は無理でも、最後の速報をPBで締められたら格好いいじゃないですか。

渾身の速報を上げる。

「大将、やる時はやる男だ!」なんてコメントしてもらう。

INポイント、ザクザク入る。

ランキング1位になる。

たまさん大興奮!
 
 
頭で描いてたのは、こんなシナリオでした。

それが、まさかの収容車で終わるとは。

自分の力を過信したらダメですね。
 
 
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「今日はキロ5じゃなくて、515で行きます。」

スタート前、一緒に走ってくれるたまさんにそう告げました。

体調的に、キロ5だと数キロも持たない気がしてました。

「お付き合いしますよ。」

たまさんは、そう言ってくれました。

スタートロスは2分くらいでした。

混雑もそれほどなく、すぐに自分のペースで走れました。

1週間ランオフしたせいか、足はとても軽かったです。

515なら、ずっと走り続けられそうな気がしました。

しかし、10キロ過ぎくらいから調子悪いなぁと思うようになりました。

暑いのに、全然汗をかきませんでした。

12キロあたりで、ペースを落とすことをたまさんに伝え先に行ってもらいました。

たまさんと別れた後はペースがどんどん落ち、やがて歩いてしまいました。

この辺りで歩いてる人は、ほとんどいませんでした。
 
 
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歩いたり走ったりを繰り返し、15キロ地点の大きなエイドに到着しました。

トイレに行って放尿すると、今度は急激に寒くなりました。

体温の調節ががうまくできない感じでした。

エイドにはイースが置いてあり、そこで休んでいる人がいました。

俺もイースに座り、少し休む事にしました。

板橋のイースとは違い、まじでこのイースが有難かったです。

ボランティアの方が、毛布を持ってきてくれました。

毛布に包まり、15分以上休んだでしょうか。

体が温まってきたので、走る事にしました。

その後も調子はいまひとつでした。

少し走ってはすぐに歩いてしまいました。
 
 
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17キロ地点。

電光掲示板に時間が表示され、係員が何やら叫んでいました。

周りの人も何となくザワザワしていました。

どこかで見たことある光景でした。

あっー!

ある出来事がフラッシュバックしてきました。

3年前のチャレンジ富士五湖。

100キロの部に出た俺は、関門で引っ掛かりDNFとなりました。

あれは、関門海峡冬景色!

「やべぇ!」

と思ったのですが、力が全く出ませんでした。

気が付いた時には、収容車に乗る人の列に並んでいました。
 
 
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バスの中はとても暖かく、毛布まで用意されてました。

DNFの悔しさよりも安堵感の方が強く、毛布に包まった俺はすぐに寝てしまいました。

恐らく5分も寝てないと思うのですが、何日も眠り続けたような気持ちでした。

バスはいつの間にか出発しており、やがてゴール地点に到着しました。

バスを降りてとぼとぼと歩いていると、

「たかしさんですか?」

ボランティアの方に声をかけられました。

「ブログ読んでます。今日は最後の速報ですよね。もうゴールされたのですか。」

と聞かれました。

「あっ、は、はい。たった今バスでゴールしました。」
 
 
 
長い沈黙を打ち破るように、風雨は激しさを増したのでした。
 
 
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格好良く決めたかったけど、格好悪い終わり方になってしまいました。

それでも、一緒に参加した方、ボランティアの方、沿道の応援。

多くの優しさに触れることができました。

そして・・・。

こんな不甲斐ない最後の速報に、多くの応援を頂き感謝感謝です。
 
 

 
 
もう思い残すことはありません。
 
 
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今日も読んでいただき、ありがとうございます!
チャレ富士で収容車、かすみんで収容車。
来年はながのんで収容車だ!



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