今年の富士登山競走は悪天候のため、山頂コースも五合目打ち切りとなってしまったようです。

カーマか山の天気か、ってくらい気まぐれですからねぇ。
 
 

 
 
他に気まぐれといえば、オレンジロード。
 
 

 
 
あと気まぐれといえば・・・。
 
 
やめておきましょう。
 
 
それにしても、最近のボーイ・ジョージはきまぐれ過ぎますよね。
 
 

 
 
富士登山競走には縁もゆかりもない俺ですが、先日富士登山で狂騒してきました。
 
 
***
 
 
ワタクシこう見えて(どう見えて?)、昔は山ガールならぬ山ボーイだったのです。

高校卒業まで生まれ育ったのが、群馬県の山岳地帯です。

天気予報でよく、

「群馬県の北部山沿いは・・・。」

って言われますが、その山沿いで育ちました。

周りは山ばっかりです。

父親が山好きでして、たまに一緒に登山に行ってました。

スキーを教えてくれたのも、父でした。

上州名物かかあ天下と呼ばれ、群馬の家庭は父親より母親の方が強いと言われてます。

うちも例外ではなく母の方が強く、父はうだつが上がらない感じでした。

でも山を登っている時やスキーをしている時の父は、いきいきして格好良かった気がします。

もしかしたら、母から逃れるために山に行ってたのかもしれないですね。
 
 
***
 
 
実家のすぐ近くに、登山家から『死の山』と恐れられる谷川岳があります。
 
 

 
 
『国境の長いトンネルを抜けると雪国であった』で始まる川端康成の雪国。

その長いトンネルは、谷川岳の中腹を通ってます。

谷川岳が何故死の山と言われるのか。

それは、登山で命を落とした人の数が世界一だからです。

1931年(昭和6年)から統計が開始された谷川岳遭難事故記録によると、2012年(平成24年)までに805名の死者が出ている。ちなみに8000メートル峰14座の死者を合計しても637名であり、この飛び抜けた数は日本のみならず世界の山のワースト記録としてギネス認定されている。

(ウィキペディアより)

 
 
そんな谷川岳に父もよく登ってました。

残念ながら、俺は頂上まで登ったことはありません。

子どもには危なすぎるからです。

何だか父の思い出話になってますが、まだ存命です。
 
 
***
  
 
そんな山ボーイ・ジョージだった俺ですが、富士山には過去2回登ってます。

富士山には江戸時代から、

『一度も登らぬ馬鹿、二度登る馬鹿』

という言葉があるようです。

俺も、正直1回登れば満足でした。

1回目に登ったあとは、2回目は絶対無いなぁと思ってました。

しかし。

登りたい!という人がいれば、やはり経験者としてドヤ顔したいのが人情というもの。
 
 
そんなこんなで、3回目の富士登山と相成ったわけでございます。
 
 
***
 
 
今日も読んで頂き、ありがとうございます。

富士山山頂にはポケモンはいないみたいですよ。
俺はやってませんが(笑)

広告