マラソンコースは、3つの景色を持っていると言われる。

一つは、ランナーから見える景色。

一つは、応援する人から見える景色。

そしてもう一つは、収容車から見える景色。
 
 
こんにちは、石丸謙二郎です。
 
 
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キクチさんのブログにコメントをしたら、こんな返しを頂きました。

「かすみんの収容バスに乗ってるときのみじめさ気恥ずかしさ」
については、経験者同士w 大いに語れるような気がします。

なるほど。

色々語れそうな気がします。

でもきっと、同じ収容車からの景色でもキクチさんと俺では見え方が違ったと思います。

何故なら去年。

かすみんの収容バスに乗った時、

みじめさ気恥ずかしさは全く感じなかったからです。

逆に、誇らしさを感じたほどです。

っていうのは嘘ですが、思ってたよりもバスがすぐに来て嬉しかったのを覚えてます。

座ったらすぐにウトウトして、眠っちゃいましたし。

これは多分、キクチさんと俺では意気込みが全然違ったからかもしれないですね。
 
 
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収容車は、過去に2回乗ってます。

去年のかすみんと、4年前のチャレ富士の時です。

4年前のブログを読むと、こんな風に書かれてました。

ゴール地点へ向かうバスの中から、関門を突破しゴールを目指す多くのランナーを見た。
この人たちと自分の違いは何か。
悪天候という条件は一緒。
それでも完走できる人は沢山いる。
自分の力不足を痛感した。
マラソン熱は冷めるどころか、メラメラと燃えてきた。

お前誰だよ!

って感じですね。

俺にもこんな時代があったんですね(遠い目)。

まあ。

今となっては、本当に思ったのかも怪しいもんです。
 
 
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北海道マラソンの時だったと思います。

ボロボロになってゴールしてホテルへ帰る道すがら。

収容車とすれ違いました。

俺はフィニッシャータオルを肩にかけて歩いてました。

収容車には多くの人が乗っていて、車内からなんとなく視線を感じました。

実際には誰も見てなかったかもしれないですが、俺はちょっといい気分になって浮かれちゃいました。

立場が変われば、見え方や感じ方もガラッと変わる。

人間って現金なもんですよね。
 
 
人は傷ついた分だけ優しくなれる。

人は収容車に乗った分だけ強くなれる。
 
 
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今日も読んで頂き、ありがとうございます!

きれいにまとめてみましたが、できれば乗りたくないっすよね!

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